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現在の主な研究内容

私たちの研究室では、さまざまな疾患の発症に関連する動物細胞内の細胞応答を解明するため、下記のような研究課題に取り組んでいます。

 1.   カルシウム結合タンパク質が関与する細胞死、物質輸送、オルガネラ恒常性の維持機構に関する研究

研究内容: 研究

​図1ALG-2のカルシウムイオン応答性アダプター機能

カルシウムイオンは細胞外ではmMオーダーで存在しますが、細胞内では100 nMほどの低濃度に抑えられています。そして、様々な細胞外刺激や細胞内環境などに細胞が応答すると細胞内カルシウムイオン濃度が上昇し、カルシウムイオンは細胞内セカンドメッセンジャーとして細胞内で待ち受けている様々なカルシウム結合タンパク質に結合し、シグナルを伝達します。当研究室で研究をすすめているタンパク質ALG-2(apoptosis-linked gene 2)(図1)やアネキシンA11は、そのようなカルシウムイオンに応答するタンパク質です。

1-1. がんとALG-2

 もともとALG-2は、T細胞がアポトーシス(細胞死形態のひとつ)を起こすときに必要なタンパク質として報告されました。その後、胃がんの抗がん剤治療において、ALG-2が高発現しているがんでは治療効果が高い、つまり抗がん剤によってがん細胞が死滅しやすいことが示されましたが、その作用機構は不明でした。

 最近、当研究室ではALG-2が抗がん剤処理で発現が上昇するアポトーシス促進タンパク質CDIP1に作用して、アポトーシス経路を活性化させていることを見出して報告しました (Inukai et al., IJMS, 2021)がんの発症とその化学療法過程において、ALG-2がどのような役割を担っているのか、さらに研究をすすめます。

図2 (ERES).png

図2 COPII小胞とER Exit Site (ERES)

1-2. 分泌経路とカルシウム結合タンパク質

 当研究室では、ALG-2がカルシウムイオンに応答して相互作用するタンパク質を多数、同定してきました。その中には、小胞体からゴルジ体への物質輸送を担うタンパク質が含まれています (Shibata, BBB, 2019) 図2)。小胞体から出芽する輸送小胞COPIIの被覆を構成するSec31A、アネキシンA11、TFG、MISSL、MAP1Bなどです (Shibata et al, BBRC, 2006; Shibata et al., BBB, 2010; Shibata et al., JBC, 2015; Kanadome et al., FEBS J, 2017; Takahara et al., JBC, 2017)ALG-2を中心とした、これらのタンパク質の相互作用ネットワークが小胞体からの物質輸送をどのように制御しているのか、解析をすすめています。

 TFGの遺伝子変異は、遺伝性痙性対麻痺、シャルコー・マリー・トゥース病、および近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチーといった神経疾患の発症の原因となっています。また、がん細胞で見出された変異をもつMAP1BはALG-2とは結合しませんでした (Takahara et al., BBRC, 2018)。さらに、ALG-2がコラーゲンの小胞体からの輸送に必要であることも明らかにしています (Takahara et al., JBC, 2017)。コラーゲンの異常分泌は組織の線維化をもたらします。がんや神経疾患、線維化を伴う疾患と、小胞体からの物質輸送制御システムの関連についても明らかにしたいと考えています。

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図3 エンドソーム経路のオルガネラ損傷と疾患

図4 (ALG-2とLysosome).png

図4 ALG-2がESCRT動員を介してリソソーム修復に関わる可能性

1-3. エンドソーム・リソソーム経路とカルシウム結合タンパク質

 エンドサイトーシスによって細胞外から取り込まれた物質や細胞膜成分は、エンドソームへ運ばれます。エンドソームの形態は変化に富んでいますが、後期エンドソームの多くはそのオルガネラ内部に多数の小胞をもちます。リソソームとこのような後期エンドソームが融合すると内部の小胞は分解されますが、細胞膜と融合すると内部の小胞は細胞外に放出されます。この放出された後期エンドソーム由来の細胞外膜小胞は、エクソソーム(あるいはエキソソーム、exosome)と呼ばれます。

 エンドソームの内部への小胞の形成と内部の小胞へ積み込むタンパク質の選別を担うタンパク質複合体は、ESCRT(endosomal sorting complex required for transport)と呼ばれています。当研究室では、ESCRTを構成するタンパク質やESCRTと相互作用してはたらくタンパク質を同定し、報告してきました (Kato et al., BJ, 2005; Okumura et al., BBB, 2013; Maki et al., IJMS, 2016)。ALG-2は、ESCRTを構成する複数のタンパク質に結合することも見出しています。興味深いことに、エンドソーム経路のオルガネラの内腔は、細胞質に比べカルシウムイオン濃度が高く保持されています。そして、エンドソーム・リソソームへ、コレステロールや尿酸の結晶物やアミロイド線維様の異常凝集体が運び込まれると、これらのオルガネラの限界膜が傷害をうけて裂孔し、内部のカルシウムイオンが漏洩します(図3)。

 ALG-2をはじめとする複数のカルシウム結合タンパク質は、漏洩したカルシウムイオンに応答し、傷害をうけた膜の修復や不良となったエンドソーム系オルガネラの除去、あるいは新生などの運命決定を担っている可能性があります(図4)。このような限界膜の傷害を含め、エンドソーム系オルガネラから発せられるカルシウムシグナルを解読する分子メカニズムの解析をすすめています。また、神経変性疾患の病態進行に関連するアミロイド線維様の異常凝集体のエクソソームによる細胞間伝搬の仕組みについても解析しています。

2.  栄養応答に関わるmTOR経路の制御メカニズムや、カルシウムシグナルとのクロストーク機構の解明

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図5 mTOR複合体とその機能・関連疾患

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図6 カルシウムイオン/CalmodulinによるmTORC1シグナル調節

ロイシンなどのアミノ酸は細胞内代謝に大きな影響を与え、細胞の成長を促します。このようなアミノ酸や増殖因子に応答して成長を制御している主要な因子としてmTOR (mechanistic target of rapamycin)と呼ばれるタンパク質が知られています。mTORは細胞内で2つの異なる複合体(mTORC1とmTORC2)を形成して機能を発揮しています(図5)。

 mTORC1はアミノ酸などの栄養源によって活性化され、タンパク質合成・脂質合成・核酸合成やオートファジーなどを制御しており、異化・同化を調節する主要な因子です (Takahara et al., JB, 2013; Takahara et al., J Biomed Sci, 2020)。一方でmTORC2の機能や制御機構についてはmTORC1に比べよくわかっていません。がんの約70%でmTOR経路の破綻が認められるとの報告もあり、この経路の制御機構の解明は疾患の発症や予防、治療にとって重要であると考えられます。またmTORC1シグナルは、寿命とも大きく関わっています。モデル生物である酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスにおいていずれもmTORC1経路の活性を低下させると寿命が延長することが報告されています。カロリー制限によって寿命が延長することがよく知られていますが、この寿命の延長にはmTORC1経路を介して起きているのではないかと考えられます。
 当研究室ではアミノ酸の中でも特にアルギニンなどの塩基性アミノ酸が細胞内への
カルシウムイオン流入を促進することでmTORC1の活性化に関わることや、このmTORC1の活性化・機能発揮にはカルシウム結合タンパク質であるCalmodulinを介したカルシウムシグナルが関わることを明らかにしてきました
(Amemiya et al., IJMS, 2021)(図6)。現在、カルシウムイオンとCalmodulinによるmTORC1制御の具体的なメカニズムの解明などに取り組んでいます。興味深いことに、最近カルシウムシグナル異常に伴って病的な心肥大が引き起こされる過程にはmTORC1の異常な活性化が起きていることなども報告されています。そのため、カルシウムシグナルによるmTORC1シグナル調節の解明はこのような病態発症の分子基盤への理解をすすめることにも繋がると考えています。

 また、mTORC1だけでなくmTORC2の活性調節に関わる因子群も解析対象として、アミノ酸などの栄養シグナルや、成長因子などによる細胞応答の新規調節機構の解明にも取り組んでいます。さらに、mTORC1経路は種々のストレスによっても活性が制御されています。例えば私たちは、高温ストレスで生じるストレス顆粒と呼ばれる細胞質構造体にmTORC1が取り込まれることで、活性制御され高温ストレス障害に対応することを見出してきました(Takahara et al. Mol Cell, 2012; Takahara et al, Cell Cycle, 2012)。さらに現在、酸化ストレスに応じたmTORC1, mTORC2経路の新規調節機構についても解析を進めています。

 こうしたmTOR経路に関わる新規分子機構の解明を通じて、アミノ酸などを含む栄養などによって細胞機能が調節される具体的なメカニズムを明らかにするとともに、関連する疾患予防や治療、また健康寿命の延伸への貢献を目指しています。

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